ふぁんたじっく・トラベル

つげられた真実

「ねえ、いつまでそうやって手をつないでるつもりなの?」

ふいにかけられたアリスの声に我に返ったニコラスは、あわててケリーとつないでいた手を放した。

「あら、別にかまわないじゃない?」

ルーシーがからかうように言った。

「まあ、お楽しみは後にとっといて、とりあえず食事にしましょ」

ジュリエットの提案に全員がうなずき、ニコラスたちは、その場でかんたんに朝食をすませることになった。

戦いになれないニコラス、ケリー、トーマスの3人は蒸し暑さにたえきれなくなってヘルメットをぬいで、脇に置いた。
ニコラスがその金色の髪をひとふりしてからとなりを見ると、ケリーのあせにぬれた栗色の髪が、朝の日ざしを浴びてきらめいているのが見えた。
しかもケリーが自分を見つめていて、そのすきとおった白い肌をしたほおを、赤くそめていることに気づいた。

ニコラスが自分を見ていることに気づいたケリーは耳まで赤くなり、テレくさそうにうつむいた。
ケリーのその態度にニコラスまで赤くなってしまい、あわてて顔をケリーのすわっている場所とは反対側に向けた。

「はいはい、そこまでにしてね」

アリスのことばに笑いが巻き起こった。

「ねえねえ、ちょっと聞きたいんだけど。 あのさあ、ニックやケリーたちがでっかいゴブリンに使った魔法、あれってあんなに強力なの?
確か、イザベラは初歩の魔法だけしか教えられない、って言ってなかったっけ?」

ルーシーがあきれたような目でアリスを見て答えた。

「これって、魔法の授業で最初のころに習う初歩の知識じゃない。
何でいまさらこんなこと聞くかなあ。
しょうがないなあ、じゃあ、教えたげる。

たしかに、あれは初歩の攻撃魔法よ。
でもあのとき、3人はいっしょに魔法をかけたでしょ。
だから、パワーも3倍になったわけ。

でもいっしょに同じ魔法をかければ、いつでも3倍の効果が出るってわけじゃないの。
何人でかけても、効果の変わらない魔法もあるし。
ただ、攻撃用の魔法なら、それぞれを合わせだけのパワーが出ることはまちがいないないからね」

感心したような反応をみせたニコラスに対して、ルーシーはあきれたように言った。

「ニックまで感心してどうするのよ。
 そうか、……さてはふたりとも、授業サボってたなあ」

ニコラスとアリスは、笑ってごまかすしかなかった。

3人が話している間にケリーとジュリエットとトーマスの3人が、食事の準備を済ませていた。
食事をはじめてまもなく、ルーシーがニコラスに聞きたいことがあると話しかけた。

「え、何を?」

「ニック、あなたケリーとどこまで行ってるの?」

思わずむせ返るニコラスとケリーに、ルーシーは話しつづけた。

「ふたりの様子を見てると、キスぐらいしたのかな~ なんて思ってね」

赤くなって答えない二人に代わって、アリスが答えた。

「さっきみたいに手をつなぐくらいは、ときどきしてるみたいだけど、キスは全然してないみたいだよ~」

「あら、つまんない」

赤くなりながらもケリーがルーシーに言った。

「お姉ちゃんやめてよ!」

ケリーのことばを聞いて、ルーシーは笑った。

「はいはい、わかったから、そんなにおこらないで」

いったんふたりについての話を終えた後は、ルーシーが村の外で体験したことを聞いたりしながら、食事を進めていった。

しばらく休んだあとで魔法学校にもどったニコラスたちは、学校の入り口に兵士が立っていることにきづいた。
ニコラスたちが近づくと道を開けてくれたが、きつくケリーをにらみつけ、小さな声で何ごとかブツブツつぶやいていた。

ニコラスたちはその様子にいやなふんいきを感じながら、学校の中へと入っていった。

イザベラの部屋に入ったニコラスたちは、ベッドに横になっているイザベラを見ておどろいた。

「おばあちゃん!」

かけよろうとするケリーを、兵士の槍がおしとどめた。

「なにするんだ!」

ニコラスのどなり声を気にすることなく、兵士はケリーをどなりつけた。

「気安く近づくんじゃない、このハーフ・エルフが!」

部屋はいきなり静まり返った。

「どういうこと?」

ケリーはショックから立ち直れないまま言った。

「おまえはな、ブラック・フォレストから、そこのエルフやフェアリーといっしょに連れてこられた、捨て子のハーフ・エルフなんだよ!」

「ウ、ウソ!」

ケリーの顔が、みるみる青ざめていった。

「ウソなもんか!
 この村に住んでる者、みんなが知ってることだぞ!
 そこのガキもな!」

「ニック……」

ケリーはすがるような目つきでニコラスを見たが、ニコラスはうつむいてケリーの方を見ようとはしなかった。

「ウソよ……ウソ………絶対にウソ……おばあちゃんは、わたしのおばあちゃんよ」

目になみだを浮かべながら言うケリーに、だれも答えなかった。ケリーはその場にすわりこんでしまった。

「ニック……ホントなの?」

自分を見つめながら話すケリーに、ニコラスは苦しそうにうなずいた。

「うん……でも……」

ニコラスがなにかを言いかけたとき、ケリーの目からなみだがこぼれ落ち、ケリーは大きな声で泣き出した。ニコラスはだまって、ケリーをだきしめた。

その時ふいにドアが開かれ、なにがあったのかと言って、金色のかみの白いローブを身に着けた、ふくよかな女性が入ってきた。
兵士はその女性を見ると、直立不動の姿勢をとって言った。

「小フェイン様!」

兵士のことばを聞いたニコラスたちは、いっせいにその女性を見た。

「ママ……」

なみだ声のケリーを見た『小フェイン』ことノーマ・フェインは、部屋のフンイキがおかしいことに気づいた。

「ルーシー、一体何があったの?」

ルーシーが口を開こうとしたとき、ケリーがノーマを見つめて言った。

「ママ……あたしママの子じゃないの?
捨て子のハーフ・エルフってホントのことなの?」

ノーマはおどろいてルーシーを見つめると、ルーシーはだまってうなずいた。

「ママ……」

ノーマを呼びながら、ケリーが近づこうとすると、兵士たちがケリーの前に立ちはだかり、槍をつきつけた。

「おやめなさい!」

ノーマの声に兵士たちは槍をおさめずに、言った。

「そうはまいりません!
 大フェイン様がこのような大ケガをなさる原因を作ったのは、この者なのです!
 小フェイン様がなんとおっしゃろうと、見のがすわけにはまいりません!」

それはちがうと言うノーマに対して、兵士は何がちがうのかと、つめよった。

「この者が日ごろからむねに下げている指輪!
あの指輪こそが災いのみなもと!
そしてこの者がその指輪を持っているかぎり、災いは終わることがない、だれもが知っていることです!」

ふいにノーマはふきだし、大きな声で笑い出した。
その場にいたものはみんな、あっけにとられてノーマを見つめていた。

「ママ……?」

ようやく笑いのおさまったノーマはケリーを見つめると言った。

「ごめんなさい。
 この男があまりにもマヌケなことを言うものだから、おかしくって……」

そしてふいに兵士を見て言った。

「ケリーの持っている指輪は、ニコラスとの婚約指輪よ。
ケリー、ニック、指輪を出して」

ふたりは言われるままに指輪を取り出した。

「見なさい、サリーズの印の付いた婚約のための指輪よ」

兵士は指輪を見つめたあとで、ノーマにたずねた。

「ではなぜこのような事件が起こりつづけるのですか?
 この者に関係がないと言いきれるのですか?」

「それについてはレオナルドが調べているので、じきわかるでしょう。
 ……さて、ケリー今度はあなたのことなんだけど……」

ノーマは言いにくそうな顔を見て、ケリーは悲しそうな顔をした。

「ホントのことを教えて」

ノーマはうなずくと、思い切ったように話しはじめた。

「ケリー、確かにあなたは、わたしの子供ではありません。
でも、私のいちばん大事な親友の子供なの。
15年前に行方不明になった親友、クラリッサ・キニスンとキムボール・キニスンのひとりむすめ、それがあなたなの」

-15年前、エルフの里-

「クリス、キム、いる?」

プラットホームの下から聞こえてきた声を聞いて、くり色のかみに茶色のひとみ、細身ながらもきたえあげられたからだつきをした20代の青年、キムボール・キニスンは下をのぞいてみた。

「ノーマ、レオ!」

そこにはエルフの兵士たちと共に赤いかみに赤いひとみ、細身の体を灰色のローブで包んだ青年、レオナルド・フェインと妻のノーマ、そしてふたりのむすめ、ルーシーが立っていた。
キニスンはすぐにナワバシゴを下ろし、ふたりを自分たちの家へとまねきいれた。

「クリス! クリス!
 ノーマとレオがルーを連れて、来てくれたぞ!」

キニスンのあとについていくと、ベッドから起き上がり、赤ん坊をだいたクラリッサの姿があった。

「いらっしゃい、ノーマ、レオ、それにルーちゃん」

クラリッサは3人の姿を見ると、ほほえんだ。

「おめでとうクリス、女の子ですって?」

ノーマがくだものを入れたカゴをキニスンにわたしながら言うと、クラリッサはほほえんで言った。

「ええ、ケリーって言うの。  ルーちゃんのいい遊び相手になりそうよ」

クラリッサのことばを聞いたルーシーが、ケリーに近づいて言った。

「ケリーちゃん、早く大きくなって、いっしょに遊びましょうね」

レオナルドは、その光景をほほえみながら見つめていたが、背後に冷たい気配を感じてふりかえってみた。
するとそこには、先ほどのエルフの兵士たちがレオナルドたちめがけて矢をつがえたまま立っているのが見えた。

「何をするんだ!」

さけんだレオナルドに兵士の一人がにらみかえして言った。

「それはこっちのセリフだ!」

声のした方をふりむくと、そこには白いゆったりとしたローブをまとった、ふたりのエルフが立っていた。

「長老、これはいったい?」

「だまれ! よくも今までわれらをだましてくれたな!」

キムのことばをさえぎって、長老はどなった。やがて長老のうしろから、一人の人間の兵士がヤリをつきつけられながら連れられてきた。

「この者から聞いたわ!
おまえたちがわれらの集落に入りこんだのは、クレッセント・クリスタルを手に入れるためだったとな!」

クレッセント・クリスタル、それは手のひらにかくれるくらいの大きさで、まるでオリンパス山のふもとの泉のようにすきとおった、青い三日月の形をしたクリスタルのことである。
人間たちの間ではエルフの長生きの秘密であり、クリスタルを手に入れた者は永遠の命を手に入れられる、と語られているのだ。

レオナルドは自分たちの王、ウィリアム13世がクレッセント・クリスタルに強い関心を持っていたことを思い出し、とらえられた兵士にむかって言った。

「おまえがわれらの後を追ってきたのは、陛下のご命令か!」

「むろんだ!
 エルフの長命の秘密たるクレッセント・クリスタル、陛下のために何としても手に入れねばならぬのだ!」

兵士のことばにレオナルドは目を閉じ、上を向いた顔をおおいながら言った。

「血迷われたか陛下……」

おかしなふんいきを感じとったのであろう、ふいにケリーが泣き出し、クリスはケリーを強くだきしめた。

「ウィリアムはよき家臣を持ったことよ……」

長老はレオナルドに対して皮肉めいた口調で言うと、すぐにどなりながら次のことばをつづけた。

「だがな、われらの長い命はオリンパスの王たるジュピター様がお定めになったこと!
 クリスタルに命を長らえる力はないわ!」

「おまえたちエルフこそウソをつくな!
ならばなぜ、そのクリスタルを大事にする!
それこそ、クリスタルに大いなる力が秘められている、何よりの証ではないか!」

兵士のことばを聞いた長老は、あきれたように言葉をつづけた。

「これはただのお守りに過ぎぬと何度言えばわかるのだ! お主たちの王は!」

「ならば何故われらの王にそのクリスタルをわたさぬ

王はおっしゃっておられるぞ! かつてその言葉にだまされたとな!」

兵士は長老をにらみつけ、はきすてるように言った。

「うばっていったではないか! 数えきれぬほど!」

兵士は、どなり返す長老をさらに強くにらみつけて言った。

「ニセモノをつかませておいて何を言う!」

兵士の言った言葉に長老は少しの間だけ返す言葉を失ったが、すぐに兵士をにらみつけて言った。

「……ニセモノだと? デタラメを言うな! あれはまぎれもなく、本物のクリスタルなのだぞ!」

「ふん、神官が言っていたぞ! 『このクリスタルには特別な力は感じられない』とな」

兵士の言葉に長老は返す言葉がなかった。
なぜなら、クリスタルに特別な力は感じられないといった神官の言葉に、ウソはないからだ。
元々クリスタル自体はマジックアイテムでもなんでもないのだ。
その輝きを低級魔族がきらっているので、お守りにしているだけなのだ。

だが兵士はそのことがわからずに、クリスタルをマジックアイテムだと考えている。
そしていくら真実を言ってもそのことを信じない。
そうであるなら、これ以上どうやって話をしたらいいというのだ。
長老は完全に兵士に話す言葉を失ってしまった。

そして長老のその思いがわからない兵士は、長老が言葉を失ったのを見て、真実をあばかれたために言葉を失ったのだと思ってしまった。

「おい、ウソつきのエルフども、本物を用意するなら今のうちだぞ。
もうじきわが軍が、ここに来るのだからな!」

兵士が大きな声で笑い出すと同時に、部屋に重苦しい空気が流れた。

-15年後、イザベラの部屋-

「……その夜、エルフの里は兵士たちにおそわれて火の海になってしまったの。
見はりがだれもいなくなったので、わたしたちが部屋から出ようとしたの。
とにかく地上におりようとナワバシゴをおろして、まだからだの調子のよくなかったクリスからあなたを預かって、わたしが先に下へおりたの。
ところがクリスたちの番になったときに矢が飛んできて、兵士たちの近づいてくる音と声が聞こえたの。
ほかの場所からおりるというキムの言葉を信じて別れたんだけど、ふたりとはそれっきり会うことはできなかったのよ」

ノーマの話が終わるとすぐにケリーは聞いた。

「ママたちは死んじゃったの?」

ノーマは首をふって答えた。

「わからない。
でもわたしは信じている、ふたりは生きているって。
だからケリーもパパやママのことを信じてあげて」

目になみだをためながら、ケリーはうなづいた。
その様子を見て安心したノーマは兵士の方をむいて言った。

「たしかにケリーはハーフ・エルフよ。
でも今のこのありさまをまねいたのは陛下のせいだということを、忘れないでおいて」

「そんなことが信じられるものですか!
いいでしょう、もうまもなく陛下ご自身がこちらへ参られます。
そのときにその言葉が正しいかどうかを判断していただきましょう」

ふいにそこへ、ひとりの男が現れた。
黒づくめのローブに身を包んだ、イザベラと同じぐらいの年の、やせた男。
王宮につとめている、カーターという名前の魔術師だった。

「これはこれは、みなさんおそろいで。
おや、大フェイン様はお休みですか」

「大フェイン様は森で大ケガをなされたので、魔法でお眠りいただいております」

兵士の言葉にカーターは笑って言葉をつづけた。

「ならちょうどよい。
大フェイン様にはもうしばらく眠っていただくとして、ウィリアム13世陛下からの言葉をお主たちに伝えよう。
『ジェミーナ村の者は、かくし持っているクレッセント・クリスタルを差し出すこと。
さもなくば村を焼き打ちにする。期限は《日がしずみきるまで》とする』
以上だ」

言葉を終えるとカーターは呪文を唱えて姿を消した。
カーターの残した言葉にその場にいるすべての者の表情がこおりついた。

やがてノーマが兵士に近づいて言った。

「どうします? 陛下はあなたたちもろとも、この村を焼き打ちにするつもりですよ。
ふたりの持っている指輪がクリスタルにちがいないと思っていたのでしょうが、見てもらったとおり、指輪はクリスタルではありません」

「ウソだ、ウソだっ!
陛下はわたしに約束してくださったんだ!
わたしを代官にしてくださると!」

「あの男がそのような約束を守ったことなど、一度もないわ」

声のした方をふりかえってみると、イザベラがベッドの上でからだを起こしていた。
眠りの魔法が聞いているはずなのにと言う兵士に向かって、ある程度回復すれば魔法は解けるとイザベラは答え、さらに言葉をつづけた。

「ワシが城でのつとめをやめてこの村に来たのは、あの男が信用できなかったからじゃ。
あの男は伝説の古代王国リルガミンの王、トレボーのように力を求めつづけておる」

イザベラはケリーに気がつくと、弱々しくベッドから起き上がり、ほほえみながらケリーに近づいていった。
だがケリーはおびえたような表情でイザベラを見つめ、その場から一歩も動こうとはしなかった。

やがて、すぐそばまでたどり着いたイザベラにだきしめられるとケリーは、まるで止まっていた時が動き出したかのように、大きな声を上げて泣き出した。
イザベラはそんなケリーをやさしく見つめながら、強くだきしめていた。

そんな時、ふと我にかえった兵士がイザベラに向かってさけんだ。

「いけません! そんな、けがらわしいハーフ・エルフにおさわりになるなんて!」

その言葉を聞いたイザベラは、兵士をバカにしたような目で見て言った。

「けがらわしい……か。なら、わしもハーフ・エルフじゃと言ったら、なんとする?」

兵士は声も出ないほどおどろいた様子で、イザベラを見つめた。
そしてブルブルとふるえ出し、言葉にならない声でさけんで部屋を飛び出していった。

やがてイザベラはケリーの方を見て言った。

「もういいかな?」

ケリーはなみだをすすり上げると、イザベラに言った。

「おばあ……ううん、校長先生もハーフ・エルフなの?」

イザベラは頭を横にふると、ハーフ・エルフを差別する兵士をおどかすために言ったと答えた。

「でも母さん、あんなこと言って、だいじょうぶなの?」

ノーマが心配そうな顔で言うと、あんな男に何ができるものかと笑いとばした。

「そんなことよりノーマよ、すぐに出かけるから、ニコラスの家族を連れてくるんじゃ」

ノーマは何か気づいたようにおどろくと、ニコラスとケリーを見てほほえみ、部屋を出て行った。

「それから、お主たちはわしといっしょに、こっちにくるんじゃ」

そう言ってイザベラはふらつく足どりで、部屋を出て行った。
ニコラスたちがあわてて追いかけると、イザベラはひとつのとびらの前に立っていた。

「お主たちにはここで身じたくを整えてもらう。
だいたいの武器や防具はそのままでいいじゃろうが、わしがもう少しいい物を見立ててやるとするかの?」

しばらくしてイザベラの部屋にもどってきたニコラスたちは、部屋で待っているノーマやニコラスの家族と顔をあわせた。

「さて、これからサリーズの神殿に行って、そこからお主たちをにがすんじゃよ。
村にいるエルフ族はお主たちだけ、となればあの王がお主たちをだまって見過ごすわけがなかろう。
サリーズの神殿にはこんなときのための秘密のぬけ道が用意されておるんじゃよ。
お主たちをこの村に連れてきたとき、いつかはこんな日がくると思ってな、ひそかに用意しとったんじゃ」

イザベラはどうするのかとたずねるケリーにイザベラは、自分はここに残ると答えた。
みんないっしょじゃなければイヤだと言うケリーに、イザベラはなだめるような声で言った。

「これだけの大人数では、すぐ追っ手がかかってしまうじゃろ。
それにな、わしらが残っておかんと、お主たちが安全な場所まで行く時間をかせげんのじゃ」

その言葉におどろいたニコラスがイザベラに言った。

「へ? じゃ、なんでオヤジやオフクロたちまで呼んだのさ?」

イザベラはノーマたちの方を見てほほえむと、ニコラスに言った。

「お主たちの結婚式を行うためじゃよ。
といっても、たいした時間は取れんので、あとで正式にやり直す必要のある、仮のものじゃがな」

ニコラスとケリーはその言葉を聞くと、耳までまっ赤になった。
その様子を見たイザベラはイジ悪そうにほほえむと、言葉をつづけた。

「それからな、文句を言ってもムダじゃぞ。
こんなことがなければ、来年の春にでも結婚させようということで話がついとったんじゃからな。
さて、ここでいつまでも話していてもしょうがない、さっさと神殿に行くぞ」

一行は大きな音を立てないようにしながら、できるだけの急ぎ足で神殿にむかった。
神殿に着いてみると、神官が一行を待ちかまえていた。
神官の案内で中に入ると、すでにノーマの連絡で結婚式の準備が整えられていた。

短い時間ながらもおごそかに結婚式が終わると、ふたりにサリーズの刻印の入った指輪がわたされた。
おたがいの指に指輪をはめると、神官は言った。

「これにて、式は終わります。
ですが、あとで改めて正式な式をとりおこなうようにしてください。いいですね」

ふたりはうなづくと、イザベラたちの方をふりかえった。

「うむ、これでよい、これでよい。
おっと忘れるとこじゃった、その指輪は神官のゆるしを得て魔力をこめてあるんじゃ。
わしらが使うツエのように、魔力をおぎなってくれるアイテムとしても使えるのじゃ、ケリーはな。
ニコラスもまじめに勉強しておれば、指輪にこめられた魔力を使えたのじゃが、いまさら言ってもしかたあるまい」

一行は神官の案内で、ひとつのとびらの前に連れてこられた。
イザベラの呪文でとびらが開けられると、暗く、長いどうくつが見えた。
イザベラがふたたびび呪文をとなえると、どうくつの中の魔法のたいまつが輝きだし、どうくつの中をてらしはじめた。
ニコラス、ケリー、トーマス、ジュリエット、アリシア、ルーシー、アランの7人が中に入っていくと、イザベラが卵くらいの大きさの石のような物をルーシーに手わたして言った。

「よいか、どうくつの出口に着いたら、これを中に投げ入れるのじゃぞ。
そうすればこのどうくつは、くずれて通れなくなるからな」

ルーシーはうなづくと、石のような物、《マジック・ボム》をにぎりしめた。
その様子を見たイザベラは呪文を唱えてとびらを閉めた。
ケリーはとびらの閉まる様子を見ていたが、ガマンできなくなって顔をふせ、ニコラスにだきついた。

ネット文庫《ミナーヴァ》(C)2001-2017、三浦 郷(m-hiratsuka@nifty.com)
2002年8月17日(土)作成、2017年1月15日(日)改訂

はじまりの夜

ジェミーナは険しい山々の谷間に、ひっそりとたたずむ村である。
まじないに強いジェムヒツジの毛が特産品であり、谷間にもかかわらず土地そのものはかなり広い。
だが、谷の入り口には王の住む都があるため、街道も村までは入りこまない。
なので、村に来るのはジェムヒツジの毛を買いに来る商人の使いが、ほとんどである。

春、厳しい冬をこした村にも、暖かな雪どけの時期が来た。
雪に埋もれていた小川も顔を出し、凍り付いていた木の枝の先に水のしずくがきらめく。

そこかしこに小さな生き物が姿を見せていた。
雪が溶け落ちた枝には、小鳥が顔を出し、春がきた喜びを歌いだす。
小川では魚が川面ではねまわり、木々におおわれた山の斜面にも小さな影が見え隠れしていた。

村はずれのサリーズの神殿でも、今年の豊作への願いをこめた様々なささげ物が納められていた。
祭壇には今年の冬をこせたお礼としてジェムヒツジが、大地の女神サリーズへささげられている。

そんな神殿の近く、神殿より少しだけ小さな建物から、小柄な人影が走り出してきた。
かみの毛は金色で少しやせぎみ、イタズラこぞうのフンイキを残した顔つきの灰色のひとみの15才くらいの少年。
すぐ後から赤いひとみに赤いかみ、水色のローブをまとったふくよかな60才くらいの年配の女性が、少年を追いかけて建物から出てきた。

「こらっ! ニック! 待つんじゃ!」

その女性は村の長老であり、かつては王様の相談役をつとめたこともあるイザベラ・フェインであった。

「ヤだねったら、ヤ~だね~」

少年はそう言うと、祭りでにぎわう人ごみの中へ消えていく。
イザベラはため息をつくと出てきた建物、この村の子どもたちに学問を教えるための学校の中へともどる。

本来なら、ジェミーナのような小さな村に学校が建てられることはなく、せいぜい10日に一度くらいの割合で、周辺にある大きな都市から教師が来るのがふつうである。
にもかかわらずジェミーナに学校が建てられたのは、イザベラのおかげであると言ってもいいのだ。

このあたりの国の大きな町には必ずと言っていいほど学校が建てられていたが、それには別の理由もあったのだ。

その理由とは、魔術師組合が魔法の研究を行うための施設を用意することと、才能のある子供を見つけ出し魔法を教えるという魔法教室を開くことの二つであった。
子どもたちは学校に入ると同時に魔法の才能チェックが行われ、才能のありそうな子どもだけに魔法を教えているのだった。

魔法という力については、魔法の使えない人たちからオリンパス山に住む神々の力を借りていると思われている。
だがほんとうは、人の中にかくされている特別な力を引き出しているだけなのであり、その力の大きさもひとりひとりちがっていた。
そこで魔法について正しく理解させ、その力を使いこなすための訓練を行う学校が、どうしても必要になってくるのだ。

学校では魔法の基本的な知識から初歩の呪文までを教えていて、高度な呪文については魔術師組合に特別な授業料をはらって教わるようになっていた。
魔法教室の授業料はかなりの高額であり、貴族か裕福な家の子でもない限り授業を受けることはできなかった。

だがジェミーナ村については特例が認められ、村に住んでいて才能のある子であれば、だれでも授業が受けられるようになっていた。
今飛び出していった少年、ニコラス・ウィッカムもそんな魔法教室の生徒のひとりであった。
もっとも、ニコラスは魔法の授業にはほとんど出ずに、どこかで何か訓練をしているようだった。

「ニック、またカートさんのところへ行ったんだ」

イザベラがふりむくと、クリ色のかみでやせぎみ、すきとおるほどに色の白いはだをした茶色のひとみの15才の孫、ケリー・フェインが黒色のローブを身に着けて立っていた。
授業が終わったら、ニコラスを連れてきてほしいとイザベラが言うと、ケリーは青ざめて何の用かとたずねてくる。
孫のその顔を見て、優しくほほ笑んでイザベラは言う。

「安心せい。別にニコラスを退学にするわけではない。ちょっとたのみたいことがあるのじゃ」

「たのみたいこと?」

イザベラは大きくうなずくと、魔法教室に来ている者全員にたのみたいことがあると答える。

そんなことがあったとは知らず、ニコラスは人ごみをぬけて町外れの森のそばへと行く。
するとそこには、かぶとから黒いかみと灰色のひとみがのぞく、日に焼けた浅黒いはだの、きたえられたからだつきをした男が待っていた。

「カートおじさん、きょうもたのむよ」

男はうなづいて剣がわりの木のぼうをニコラスにわたし、自分も同じものを手にする。
やがて木と木のぶつかる音といっしょに、男のどなり声とニコラスのあげるさけびが、あたりにひびく。

「こらっ! 剣はただふりまわせばいいってものじゃない、ちゃんとねらいをつけて切りつけたり、 ついたりするものだっ!」

「ほらっ! どこを見ている! 相手の動きから目をはなすんじゃない!」

どなっている男の名はアラン・カーティスといい、ジェミーナ村を警備している兵士のひとりである。
きょうは警備の役目が休みの番になっている日なのだが、ニコラスにたのまれて剣のけいこをつけているのだ。

アランは警備兵の中でも有能な兵士のひとりで、剣のうでもかなりのものを持っていて王都で開かれた武術大会で何度も優勝している。
ニコラスに剣の手ほどきをしてほしいとたのまれたとき、一度は断った。
だがその熱心さにうたれ、一度だけテストをしてみる気になったのだ。
そのときに見たニコラスの身の軽さに興味を持ち、仕事が休みの日なら教えてもいいということになったのである。

昼近くから始められたけいこは太陽が森にかくれはじめるころ、終わることになっていた。
剣がわりの木の棒をふくろにつめたアランは近くにひとりの少女がいるのに気がつくと、ニコラスに言う。

「おい、カミさんのおむかえだぞ」

ニコラスはアランの差した方を見ると、ため息をついてポツリとつぶやいた。

魔法の授業をちゃんと受けなきゃだめじゃないかと、いまにも泣き出しそうな顔で言うケリー。
だが、ニコラスはふてくされたように、そんなのケリーに関係ないと答える。
だがそのとたんニコラスの頭を、大きな衝撃とともに激しい痛みが襲う。
何があったのかとあたりを見回すと、アランが真っ赤な顔でにらみつけていた。
よく見てみると、痛みの原因はアランがなぐりつけたものらしい。
何をするんだとニコラスが文句を言おうとすると、アランは大きな声でどなりつけた。

「おまえのことを心配して来てくれたんだろ!」

イザベラが呼んでたとケリーが伝えると、どうせまたお説教だろと言うと、ちがうと首を横にふる。

「ジュリーやトムも呼んで、何かたのみたいことがあるって言ってたよ」

何をするつもりだろうかと、ニコラスはふしぎな気持ちになっていた。

「それじゃ、また今度な。そうそう、魔法の勉強もちゃんとやっとくんだぞ。
じゃないとカミさんが泣くことになるからな」

アランは帰りぎわにそう言うと、笑いながらその場を後にした。

「だーかーらー、ちがうって言ってんだろ!」

だがニコラスのその言葉は受け流された。

「わかってる、わかってる、テレるな、テレるな」

そしてアランの笑い声だけがあたりにひびいていた。

ニコラスとケリーのふたりがイザベラの部屋に入ると、イザベラ以外にふたりの人物がニコラスとケリーを待っていた。
ひとりはとてもやせた、色白のはだに白いローブを身に着けた、青いひとみに金色のかみの少女、ジュリエット・カレン・コードナーであった。
ジュリエットは、15年前ケリーの母親がエルフの里から連れ帰り、サリーズの神官の家であずかってもらっている、エルフの少女である。
少女、とはいってもエルフは人間より長生きする種族であるため、見た目よりはるかに年上であり、イザベラと同じぐらいかもっと年上だと思われる。
もうひとりは黒かみでよく日焼けをしている、ジュリエットと同じ白いローブを身に着けた茶色いひとみの、少しポッチャリとした少年、トーマス・ウェブスターであった。
トーマスはジュリエットがくらしているサリーズの神官の子供であり、ジュリエットとは姉弟のようにくらしているのだ。

「おそ~い! いっぱい、いっぱい、待ったんだからね~!」

ふたりが声のした方にふりむくとそこには、大人のひざあたりまでの大きさのフェアリー、アリシアの姿があった。
アリシアは背中からはすきとおった羽が2枚はえていて、色白のはだに金色のひとみをしていて、波打つようかみも金色だった。
本来フェアリーは何も身につけていないのがふつうだが、アリシアはジュリエットの作ったうす緑色の服を身に着けていた。

ふたりっきりで、ゆっくりしていたかったんじゃないかというジュリエットのからかいに、ふたりは赤くなる。

「ほれほれ、おしゃべりはそこらへんでやめといてもらえんかの?
大事な話もあることじゃし」

そのことばを聞いて、全員がイザベラの前にならんだ。

「それで、おばあちゃん、みんなを集めて何の用なの?」

ケリーのことばをイザベラがたしなめた。

「これ、学校にいるときは校長先生と呼ばないか」

そのことばを聞いたケリーは、肩をすくめた。

「きょうはの、おぬしらにたのみたいことがあって、集まってもらったんじゃが、その前に話しておくことがあるんじゃ。
実は、ここのところジェムヒツジの数がへってきておって、みんなこまっておるんじゃ。 
最初のうちは、小屋のカギのかけ忘れでどこかへにげてしまったのかと思っておったんじゃが、どうも何者かに連れていかれてるらしいんじゃ」

「な~んだ、何かと思ったらタダのドロボウじゃない。
そんなの警備の兵士に言って、さっさと捕まえてもらえばいいじゃない」

アリシアはそう言って、イザベラのまわりを飛びまわった。

「ところがタダのドロボウではなかったのじゃ。
どうやらジェムヒツジを連れ出したのはゴブリンのようなのじゃ」

「ゴブリンですって!」

ケリーはおどろきのあまり、みんながいることも忘れて大きな声でさけんだが、自分の声の大きさにおどろき、小さめの声でことばをつづけた。

「なんでまたあいつらがジェムヒツジを?」

だがケリーがおどろくのも無理はない。
ゴブリンたちが人間の村に入りこんでくることなど、ふつうならありえないことだからだ。
ゴブリンたちが住んでいるのは人間の町や村からはなれた場所にある、どうくつや鉱山の中なのである。
ちなみにゴブリンとというのは、全身毛むくじゃらで、7~8才ぐらいの子供と同じ背たけの、悪いイタズラばかりをする妖精の仲間のことである。

ケリーのつぶやきに、イザベラは頭を横に振ってから答えた。

「なぜなのかは、わしらにもわからん。
だがわかっておるのは、やつらが『ブラックフォレスト』へジェムヒツジを連れていったということだけじゃ」

「でさ、あたしたちは何をすればいいの?
あ、もしかして、あたしたちにジェムヒツジを取り返してほしいってこと?
ムリムリムリ!
ぜ~ったいにムリ!
ニックとケリー、それにあたしはマトモに魔法が使えないのよ!
そんなんでゴブリンなんかに勝てるわけないじゃない! 」

まくしたてるアリシアにイザベラは言った。

「そうではない、おぬしたちにたのむのは、別のことじゃ。ブラック・フォレストには近くのとりでから手助けに来た兵士たちといっしょに、わしらが向かう。おぬしたちは、わしらがもどってくるまでの間、ジェムヒツジを見張っていてほしいんじゃ」

ケリーの不安そうな表情を見たイザベラは、やさしくほほえんで言う。

「何も心配することはないぞ、ケリー。
見張りをするのはおぬしたちだけではないんじゃ。
ルーシーも来るし、ほかにも兵士を何人かよこしてもらえることになっておるからな」

「おねえちゃんが!」

ケリーの顔がたちまちのうちに明るくなる。ルーシーが来るなら安心だと、アリシアが飛び回る。

だか、もしかしたらゴブリンたちはこっちに来るかもしれないと、ジュリエットが口を開く。
そのためにルーシーに来てもらうことにしたと答えるものの、それだけでは不安だとルーシーが言いかける。

「わかっておる。そこで、おぬしたちに呪文を教えておこうと思う」

喜ぶケリー、ニコラス、アリシアにイザベラが注意をする。

「本来なら、おぬしたちに呪文を教えるべきではないのじゃ。
特にニコラスとアリシア、おぬしたちは魔法の大事な部分を理解しておらん。
おぬしたちがこのまま呪文を覚えてしまった場合、このあと覚えられない呪文が出てくるのじゃが、それでもいいのか?」

ニコラスとアリシアは顔を見合わせるとうなずいて、呪文が使えるようになるのならかまわない、と言った。

「よかろう、ではまずケリーからじゃ」

呪文を覚えるための儀式魔法がとなえられ、部屋がぼうっと明るくなる。
数時間かけて、ケリーには初心者用の呪文をすべて、そしてニコラスとアリシアにはそれぞれ二つづつ呪文がさずけられた。

それからまもなくニコラス、ケリー、ジュリエット、トーマス、アリシアの5人は、この日のためにジェムヒツジを集めておいた、さくのとびらの前に立っていた。

「おそいな~。ルーシーたちまだかな~」

アリシアが待ちきれない様子でつぶやくと、まだ来たばかりじゃないとジュリエットがあきれたように言った。

「だって~。やっぱりコワイもん。あ~、早く来てくれないかな~。ゴブリンが来たらどうしよう」

などと5人が話していると、ふいに女の人の声がしたのでふりむいた。
するとそこには、イザベラをそのまま若くしたような少女と、兵士が数人近づいてくるのが見えた。
ニコラスはその兵士の中に見覚えのある顔を見つけ、思わず呼びかけてしまった。

「カートおじさん!」

月も雲も出ていない夜空の下、かがり火だけがニックたちとそのまわりを照らす。
村はしんと静まり返り、ときどき聞こえるフクロウの鳴き声と、たき火の燃える音だけが、あたりに響く。

アランとルーシー、からだが小さすぎて何も防具を身につけられないアリスをのぞいた4人が鉄製の丸いヘルメットに布製の防具をつけていた。
さらにニコラスとジュリエットは片手用の軽くて短めの剣をベルトにつるし、スープ皿くらいの小さなたて(バックラー)を左手に持っている。
トーマスとケリーは2メートルくらいの長さの固い木のぼうに、初心者用の『選んだ物に魔力を補う力を与える魔法』をかけていた。
一方、アランは金属性の肩当て、胸当て、背当てがセットになった防具をつけ、『両手用だが、片手でも使えるくらいの長さ』の長い剣をベルトにつるしている。
ルーシーは厚手の革で作ったジャケットを身に着けて、ルーシーの武器はニックたちと同じくらいの短めの剣をベルトにつるしていた。

見張りは今晩一晩だけでよいのだが、全員が一晩中起きていてもしかたがないので順番を決めて見張りをすることに。
ルーシーとケリー、トーマスとジュリエット、アランとニコラスがペアを組んで見張りをしていた。
もっとも、アリスは一晩中起きていると言い張っていたものの、トーマスたちの番が終わるころにはグッスリと眠りこんでいた。

来るかなと、ニコラスがポツリとつぶやくと、アランは来ないにこしたことはないが、どうにも、もの足りない気がするとつぶやき返す。

「まあ、ここで考えていてもしょうがない、とにかく気をぬかずに…… 」

ふいに話をやめたアランにニコラスはたずねたが、アランは何も答えず静かにするように身ぶりで示した。

「どうやら来ちゃったようね」

いつのまに起きたのだろうか、ルーシーとジュリエットがうしろに立っていた。

「そうそう、将来あたしの弟になる予定のニコラス君、あなたの未来のお嫁さんを起こしてきてくれない?」

ルーシーがイタズラっぽくほほえみながら言うと、ジュリエットも同じ様にことばをつづけた。

「ついでにトムもお願い」

あわててニックがケリーたちのところへ行くと、ふたりはマントをはおって、ヒザをかかえこみながらぐっすり寝込んでいた。
アリスが必死になってふたりを起こそうとしていたが、まったく起きる様子を見せなかった。
ニックはあきれ顔で頭をかいてケリーの近くにしゃがむと、耳もとに顔を近づけてそっとささやいた。

「ごはんの時間だよ」

ケリーは目をぱちりと開くと、ニックをはじき飛ばして立ち上がった。

「え? どこどこ? どこにあるの?」

その声にトーマスも目を覚まし、寝ぼけたように何があったかと聞いた。
ニックが立ち上がって何かが近づいてきているようだと言うと、ふたりの顔におどろきの表情が現れた。

「とにかく、早くこっちに来て」

あきれるアリスを気にせず言い放つニックに従いルーシーたちのところへ急ぐと、すでに戦いが始まっていた。

「やっとお出ましね」

かがり火の元にもどってきたニックたちは、アランたちの戦っている相手がゴブリンであることに気づいた。
だが、戦場に入るタイミングをはかっている間に、どうもゴブリンの動きが変なことに気づいた。
見るとゴブリンの間を1匹のヘビが動き回り、ゴブリンの動きをまとまりのないものにしていた。

「行くよ!」

それがルーシーの魔法であると気づいたニックは思い切るように合図をだし、3人はゴブリンに向かう。
ただし、戦う力を持たないアリスだけはゴブリンの攻撃を受けないように、空高く飛び上がった。

兵士たちがブラックフォレストに向かったルスをねらってきたために、ゴブリンは全部で10匹ぐらいしかいないようだった。
それでもゴブリンの動きがすばやいため、アランとルーシー以外に実戦経験を持たないニックたちは、なかなかゴブリンをたおすことができないでいた。

ルーシーやジュリエットはときおり魔法の光を放っては、1匹、また1匹と、ゴブリンをたおしていった。
ぎこちないながらもニックたちはゴブリンをたおしていき、やがてその残りもわずかに3匹ほどになっていた。
だがニックはふいに背中に悪寒を感じ、右横方向にとびはね後をふりかえる。
するとそこには、ゴブリンをそのまま大人の人間サイズにまで大きくしたようなモンスターの姿があった。

「『ゴブリンジャイアント』か……」

つぶやくような声にニックが後をふりかえると、アランが息をはずませながら剣をかまえて立っていた。
ふと見ると、ゴブリンたちは新手のモンスターの後にかくれるようにして、暗やみの中へとにげていった。

「やっかいなヤツが来てくれたもんね」

ルーシーもまた、ゴブリンジャイアントをにらみつけながらニックのそばまで近寄ってきていた。
二人の気迫に押されているのか、ゴブリンジャイアントはうなりながらも近づこうとしなかった。
ニックは急いでその場からはなれると、ケリーのそばに近づく。

「だいじょうぶ?」

ニックはうなづくと、ケリーにほほえんでみせた。

「どうします?」

トムがニックに聞いてきた。

「うーん…… 」

その時にふいに大きなうなり声がしたので見てみると、アランとルーシー、さらにジュリエットまでがゴブリンジャイアントと戦っていた。

「今よ!」

ルーシーの声にうながされた3人は大きく深呼吸をすると、呪文を唱え、印をきざんだ。

「全能にして、天空を支配する、オリンパスの王よ、我にその大いなる力のかけら、わかち与えたまえ! 」

呪文が終わると同時に3人の指先からイナズマによく似た光が、ゴブリンジャイアントめがけて飛んでいく。
すると大きな爆発音と立ちこめる煙とともに、ゴブリンジャイアントの姿が消えたのだ!

「や、やったあ!」

3人は力つきたように座りこみ、おたがいの顔を見てほほえみあう。
アランの顔にもあふれんばかりの喜びがあった。

初めてにしてはよくできた方だというルーシーの顔も、ほほえんでいた。

「ま、こんなとこね」

アリスが感心したようにうでを組んでうなづくと、全員が大きな声で笑いあった。

ケリーは息を切らせながらニックの方を見、ニコラスも同じようにケリーの方を見ると、その手をケリーの手に近づけそっとにぎった。
やがて東の空が明るくなり、そそり立つ山々の姿が見えだしてくると、村の入り口にブラックフォレストに向かった兵士たちが、もどってくるところが見えた。

ネット文庫《ミナーヴァ》(C)2001-2017、三浦 郷(m-hiratsuka@nifty.com)
2001年9月24日(月)作成、2017年1月15日(日)改訂

ふぁんたじっく・トラベル

特殊な性質で有名な毛織物の生産で密かに知られる村、ジェミーナ。
その村に住む娘、ケリーには隠された出生の秘密があった。
そのことを知った少年が、ケリーや仲間たちといっしょに旅に出ることに。
はたして向かう先では、どんなことが待ち受けているのだるうか。

目次
話数副題初版投稿改訂
はじまりの夜 2001年9月24日(月) 2017年1月15日(日)
つげられた真実 2002年8月17日(土) 2017年1月15日(日)
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